古関裕而と朝ドラ“エール” 前田純一郎
NHKの朝ドラ「エール」、好評のようですね。ご存じのように戦前~戦後を通して活躍した作曲家、古関裕而をモデルとしたドラマです。「福島三羽ガラス」として、作曲家の古関裕而に加え、作詞家の野村俊夫、歌手の伊藤久男が登場します。三羽ガラスの最初のヒット曲が戦時歌謡「暁に祈る」であることはご存知の通りです。さらに、古関裕而を取り巻く著名な群像が次々に登場します。高橋掬太郎は、戦前~戦後に活躍した代表的な作詞家の一人で、ノゾエ征爾さんが演じました。古関裕而の最初の大ヒット曲、「船頭可愛いや」の作詞家です。野村俊夫は、主に戦後活躍し、「東京だよ、おっかさん」など有名な作品があります。菊田一夫は、作詞家で劇作家。朝ドラでは今後登場すると思われますが、映画やドラマの「君の名は」で有名です。歌手では、「あざみの歌」、「イヨマンテの夜」、「栄冠は君に輝く」、「君いとしき人よ」などの伊藤久男、「長崎の鐘」、「夢淡き東京」、「ニコライの鐘」などで有名な藤山一郎などが登場します。いずれも作曲は、古関裕而です。
声楽家の藍川由美さんという方がいます。自らの演奏体験をもとに日本の歌を分析してその固有の文化を知ることの大切さを訴えています。山田耕筰、古関裕而、古賀政男などの再発見です。歌謡曲というと西洋音楽に比べて低く見る人がいますが、これはとんでもない間違いで、古関裕而の曲はクラシックがベースにあり、古賀メロディーの豊かな国際性は海外でも高く評価されているそうです。古関裕而のアルバムを見ると、藍川さんが演奏している(歌っている)曲がいくつも収録されています。
歌謡曲には歴史があります。明治時代に自由民権運動の壮士が街角で演説をしていましたが、政府に弾圧されると、歌に託して伝えようとした演歌が流行します。「演説歌」ですね。歌の中で自らの主張を歌詞にして「演ずる」わけです。西洋音楽の7音階から第4音と第7音を抜いた4・7音抜き音階(ドレミソラド)を基本とし、その音階法は、古賀政男により確立されたそうです。藍川さんによれば、日本伝統の音階の1つは、4・7抜き音階の主音をずらせた2・6音抜き音階(ラドレミソラ)の陽旋で、これは、朝鮮半島、蒙古、中央アジアからトルコ、ハンガリーまでユーラシア大陸を横断する広い地域に展開する基本音階だそうです。試しにハンガリーやトルコの現代音楽家に古賀政男の曲を聞かせると、これはわが国の固有の旋律と同じだ、と驚き賞讃するそうです。これが古賀メロディーの国際性の由縁なのですね。藍川さんによれば、これこそ歴史的にも、空間的にも人類の音楽の本流であって、近世ヨーロッパに生まれたクラシックは、限られた地域の支流に過ぎない。もっと自信を持って我が国の伝統的な音楽を見直しましょうと強調しています。
さて、その歌謡曲は、第二次大戦をはさんで昭和20年代までは、流行歌と呼ばれていました。昭和30年代に最盛期を迎えましたが、その後、フォークやポップスなど新しいジャンルが次々に登場して、現在は、主に中高年の愛好者によって支えられており、昔の爆発的な勢いはなくなっています。
私事で恐縮ですが、以前、地元茨城の「歌謡ボランティア」会員として趣味と実益を兼ねて楽しんでいました。歌謡ボランティアは、10人1チームで、年に数回、数チームが手分けして茨城県南部の龍ヶ崎市、牛久市、つくば市、土浦市などの特別養護老人ホームや介護施設を訪問して、入所しているおじいちゃん、おばあちゃんに歌を楽しんでもらうのです。もちろん昔の歌が中心になります。誰でも知っている懐かしのメロディーを一緒に歌います。涙を流して口ずさむおばあちゃんもいますし、中には両手を合せて拝んでいるように見える方も。頑なに心を閉ざしていたおじいちゃんが、若い頃好きだった歌を口ずさむことで、少しずつ心を開いてくれた、という話を聞くこともありました。
上手下手は二の次、好きな歌を目一杯歌って、健康寿命を延ばしましょう。
木曜会でも、「がもの会」を分科会の1つとして、同好の皆さんと楽しんでいます。しかし、以上の活動も、コロナウィルスのお蔭で、休止状態を強いられ、残念でなりません。
歌には、論理を越えて人の感性に訴える力があります。パリ在住の現代音楽作曲家、吉田進という方がいます。木曜会でも10数年前に、例会で彼の話を聴く機会がありましたね。美空ひばりの歌の秘密の実演を交えたお話は感動的でした。吉田さんは、慶應大学経済学部を卒業した後、1972年に渡仏、パリ国立音楽院を終了後は、フランスの有名な音楽家オリビエ・メシアン氏に師事、主にパリで活躍されています。若き吉田さんがパリで独自の音楽の世界を模索していた頃、たまたま帰国して何気なくテレビを見ていた時、「歌謡曲」との出会いがありました。数学的(?)な西洋音楽に対して、その時、簡単に割り切れない感性を突き動かすものが心に満ち溢れたそうです。
古関裕而の作品は、厳しい状況下で苦悩し、もがいている人々を勇気づけ、明日に生きる希望を与える力があるようです。そもそも、今回の朝ドラ「エール」は、東北大震災で苦しみながら頑張る被害者を少しでも応援しようと、福島の有志が、数年間NHKに訴え続け、ようやく実現の運びとなったそうです。まさか、その放映が実現した年に、「コロナウィルス」の蔓延で多くの人が苦悩することになろうとは、関係者も想像もしなかったことでしょう。戦後の古関裕而は、戦災孤児に寄り添った「鐘の鳴る丘」、長崎の被爆者の苦しみに共感した「長崎の鐘」、戦後の貧しい中で野球に情熱を燃やす高校球児に共感した「栄冠は君に輝く」など、たくさんの名曲を残し人々を勇気づけました。ドラマは、戦中から戦後へ続きます。今後も楽しみにしたいと思います。